スタンリー・キューブリック『時計じかけのオレンジ』(1971)

乳首あり。

濡れ場あり。

 

乳首の大祭り。手っ取り早く乳首を摂取したい人向けに作られた映画。劇中では、白人の様々な乳首が堪能できる。乳輪が極めて小さい乳首、ピンク色の乳首、長い乳首。人生の数だけ乳首があると思い出させてくれる。

 

舞台は近未来のロンドンということだが、監督のスタンリー・キューブリックはあまりいい未来を思い描いておらず、全体主義の政府による管理社会下でバイオレンスとセックスにまみれた荒廃した近未来を当作品で映像化した。主人公のアレックスのような強姦魔は、先進国では数字上減少傾向にあるが、インターネット空間に目を向けてみると、自分が正義だと信じて疑わない人が言葉の暴力をふるうのは日常茶飯事だし、手元のスマホからエロの2文字を検索するだけで無料のオンラインポルノにすぐアクセスできることも俺たちはよく知っている。形こそ違えど、概ねキューブリックが想像した世界に近いのではないかなと思う。

 

1970年代は冷戦真っ只中で、資本主義と社会主義、善と悪のようなわかりやすい二項対立の構図が多くの映画やドラマで採用された中、キューブリックはその単純化した世界観に警鐘を鳴らす。主人公のアレックスは強姦魔だが、更生装置により暴力ができない体にさせられて社会に復帰、今度はいじめられることになる。序盤で暴力・強姦を繰り返していた彼だが、無惨にいじめられるシーンを見せられるとなぜかつい同情してしまう。正義か悪かという単純な二分法的価値観がいかに脆いかということを不気味な世界観で教えてくれるのが当作品の魅力でもある。

 

ちなみに乳首初登場シーンは5:26頃。早すぎる。

その後も含めて合計8人の乳首、16乳首が136分の上映時間の中で現れることになる。

単純計算で8分30秒に1回1乳首が見えるということになる。

あなたも時計じかけのオレンジで自分好みの乳首を見つけてみましょう。